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ハービー・プリアム



ハービー・プリアム
1998年に来日し、オリックス・ブルーウェーヴに入団。98年は規定打席数に達しなかったものの、.285 18本 とそこそこの活躍を見せた。同時期の外国人チームメイトはニールなど。

1998年のプリアムの特に印象深いシーンとしては、この夏に泥沼の連敗地獄に陥っていた千葉ロッテが連敗日本新記録である17連敗を記録した試合での同点ホームラン。ついに連敗脱出か?と思った9回2アウトに、2ランホームランを放った。ここまで好投していた千葉ロッテのエース 黒木が呆然とマウンドにうずくまるシーンは記憶に残っている。

翌1999年は規定打席に到達し、.280 20本 85打点と及第点の成績を残したものの退団。翌2000年にプリアムと入れ替わりで入団したのがアリアス


ケルビン・トーベ



ケルビン・トーベ
1992年オリックスに入団。当時オリックスは「ブルーウェーブ」というチーム名だった。前年まで阪急時代から9年間チームの主力を務めていたブーマーが福岡ダイエーに移籍。その後釜として入団したトーベ。初年度はギリギリ規定打席に到達し、打率 .305 でパ・リーグ打率2位に入る活躍。

前年の活躍からさらなる飛躍が期待された1993年は大不振で「53打席連続無安打(野手としては最多)」という記録を作ってしまう。最終的には打率 .232 。ホームランは2年間で合計20本とパワーはあまりない。動画(1:40すぎから)でも綺麗な流し打ちをみせている。


メル・ホール



メル・ホール
メジャー通算134発、来日前年はヤンキースのバリバリのレギュラーとして打率.280 ホームラン15本と実績は抜群だったメル・ホール。年俸も2億2千万円と当時としては破格の待遇で千葉ロッテに1993年に加入。

来日初年度は .296 30本 92打点と活躍、翌1994年は数字を落としたものの .277 22本 80打点とまずまずの成績を残す。しかし94年オフに監督に就任したバレンタインには評価されず退団。中日に移籍するも怪我などもあり不本意な成績で1年で退団。

ロッテ時代のチームメイトである愛甲やミューレンなどからは「最低な奴」と酷評されるなど性格にはかなり問題があったようだ。また様々な犯罪を犯し、2009年に禁固45年の実刑判決を受けて、現在は服役中のようです。やはり問題がある人物だったようだ。