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ゲーリー・レーシッチ



ゲーリー・レーシッチ
長年ドラゴンズの中心を務めた外国人モッカが退団し、替わりに入団した助っ人がゲーリー。1986年に来日し、1年目から36本塁打を放ち活躍するも、前年41本塁打の宇野の不振などあり、チームは5位と低迷。ベテラン谷沢もこの年で引退した。

翌年星野新監督の下、引き続き中心人物として活躍し、トレード加入してきた落合とクリーンナップを形成。結局3年間でゲーリーは退団し、帰国した。



ハーマン・リベラ



ハーマン・リベラ
1989年開幕直後に来日。近鉄バファローズに入団し、3番ブライアントとともに強力クリーンアップを組んだ。最終的に打率 .260 25本とまずまずの成績を残したが、特筆すべきは勝負強さで、89年のパリーグ最多勝利打点を記録した(非公式)。上記動画は近鉄が優勝を決定したダイエー戦のものであるが、5回にホームランを放ち、優勝をぐっと手元に引き寄せた(2:45くらい)。

この年だけで退団となったが、成績から見れば残留、もしくは他球団へのトレードもあったと思うけど、なんでだろうな。


ダラス・ウイリアムズ



ダラス・ウイリアムズ
1988年に来日し、阪急ブレーブスに入団。「左打ちの小柄な選手で、長打はあまりない」という記憶があるが、記憶通りで、180cmと外国人としては小さく、ホームランも10本と多くはなかった。そもそも長打よりも巧打を期待されての入団だったと思う。

この年、チームは4位と振るわず、低迷するチームにおいて .242と今ひとつの成績でシーズン終了を待たずに解雇。

このウイリアムズ、1976年の全米ドラフト1巡目の選手だったんですね。全米ドラフト1巡目の選手、けっこう来日してるんですね。