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ジョシュ・ホワイトセル



ジョシュ・ホワイトセル
2010年途中にアリゾナからヤクルトに入団。メジャーでは特筆すべき成績はあげてない。少し小柄な左打ちという記憶だったが、それでも186cmあるみたい。入団初年度の2010年は68試合の出場ながら15本塁打を放ち、打率も3割を超えた。翌年はダメ。その後、千葉ロッテに移籍し、初年度はそこそこ活躍も翌年はダメ。デジャブ。

スイングしたバットがキャッチャーに当たることで有名。危ない。



マーベル・ウイン



マーベル・ウイン
メジャーでも900試合以上に出場するなど実績十分の大物外国人助っ人として期待され来日。かすかな記憶だけど、かなり期待されていたような気がする。ちなみに年俸は当時としては破格の1億4,000万円。

メジャーでは「俊足巧打」的な成績ではあったが、日本ではそれなりに一発も期待されていただろうが、結局13本のホームラン数にとどまり、「巧打」の方も.230と奮わなかった。この年限りで退団。

ちなみにウインとともに1991年に来日したのがオマリー。オマリーは年俸4,000万円の格安助っ人ではあったが、大活躍。難しいものだ。



マイク・シュルツ



マイク・シュルツ
2mを超える長身から投げるMAX156kmの速球を軸にセットアッパーとして活躍。来日初年度の2008年は55試合18ホールド、防御率3.23とまずまずの成績を残すも、翌年はさらに成績を上げ、73試合35ホールド、防御率2.28と、ストッパー永川に繋ぐセットアッパーとして大活躍。

2010年には抑えを任されるが、腰痛などもあり活躍できず、翌2011年は再び中継ぎに回って19試合で防御率1.06を記録するも退団。その後は帰国し、マイナー生活を送るも2013年に再び来日し、オリックスに入団。しかし1試合投げただけで「戦力外通告」を受け退団。その1試合は1イニングを1奪三振含む3人で抑える好投をしてただけに「なんで退団?」と疑問が残る。

ちなみに広島最終年の2011年には同じタイプのサファテが入団し、こちらは抑えとして35セーブを上げる活躍を見せた。サファテ入団はシュルツの成功があったからこそ実現したものかもしれないな。